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2008年9月30日 (火)

姫路の旅・一乗寺(2)

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さらに階段を上ると正面に金堂を仰ぎます。そのちょっと手前左手にそびえるのが国宝の三重塔。承安4年(1174)の完成。藤原様式の典型的なものといわれています。各重方三間で中央に扉、両側に連子窓を配しています。各重の屋根は逓減が著しく、組み物はなかなかにぎやかです。Pagodatopmg5027_2
相輪はインド仏塔の形式を一部伝える古風のものです。Padodabirdeyeg5039
上の金堂からみる塔はことさら美しく思えました。

2008年9月29日 (月)

姫路の旅・一乗寺(1)

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姫路を中心に旅をしました。まず加西の法華山一乗寺。姫路駅から車で30分ほどかかります。加古川からもいけるようです。静かな山間にありました。このあたりには仙道仙人の伝説があり、この寺と同じく彼の開基になると伝えられているものがいくつかあります。仙人はインドから一夜にして中国、朝鮮を経て日本に飛来したのだそうです。大化5年(649)孝徳天皇の病気が仙人の加持により治ったので本堂建立の勅がおりたのがきっかけです。境内に入るとすぐに正和5年(1316)の銘のある立派な笠塔婆がありました。Stepsmg5011Karig5012Karig5013


階段を上ってすぐ左手に常行堂。火災により焼失したものを明治元年に再建しました。今も道場として使われています。

2008年9月18日 (木)

長津田を歩く・子育地蔵

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横浜線沿いに長津田駅の戻る途中子育て地蔵と呼ばれている一群の石仏を見かけました。文政年間に井上重郎左衛門が亡き童子の冥福を祈願したものとのことです。

2008年9月15日 (月)

長津田を歩く・頬づえ猿のいる地蔵

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天狗童子の向かいにあるのが地蔵立像。享保8年(1723)の造立です。Cimg4983
台座の両脇には奉供養念仏庚申、為二世安楽と記されています。面白いのは中央に頬つえをついた猿がいること。

2008年9月11日 (木)

長津田を歩く・嘉永2年地神塔

道祖神のすぐ脇には量感のあるCimg4978
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地神塔がありました。嘉永二年(1849)の銘があります。その4年前には成瀬地区は大干ばつに見舞われたそうです。農民の願いが込められているのでしょう。

2008年9月 8日 (月)

長津田を歩く・天狗の道祖神

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クリーンセンターの前に木々の濃い一角があり坂道(与兵衛坂)が上るところに道祖神、地神塔、地蔵立像がありました。Cimg4975Cimg4987

中でも天狗童子(烏天狗)の道祖神は非常に珍しいものです。なかなかかわいらしいと思いました。成瀬中村にあった地蔵堂を中心に活動した修験者たちとの係わり合いを示すものと考えられています。

2008年9月 7日 (日)

長津田を歩く・原嶋源右衛門一家供養塔

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南成瀬を散策しました。長津田駅を北に出て西の方向にしばらく歩くと子供の国線の踏み切りとなります。なんといまどき火の見やぐらがあるのです。どう使われているのでしょうか?恩田川のすぐ近くに下水処理場つまりクリーンセンターがあります。Cimg4969
この近くの小さな林の中に磨耗の著しい地蔵菩薩立像がありました。なんでも義民として扱われている原嶋源右衛門とその一家の東光寺講中による享保14年(1729)建立の供養塔だとか。享保年間東光寺部落と長津田部落との間に境界線を巡る争いがあり、木炭を埋めて幕府の役人に検地をさせてそのまま境界を認めさせたのだが実行首謀者の原嶋一族が処刑された地なのだそうです。昼なお暗い木々の間にこのような供養塔があるのは、背景を知ると気味悪いものです。

2008年9月 4日 (木)

養福寺(2)

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仁王門をくぐると左手に鐘楼、右手に談林派の句碑があります。談林派は、大阪の西山宗Cimg4950Cimg4951Cimg4952


因を祖とする俳諧の一派です。延宝年間(1673-1681)に流行しました。松永貞徳の率いる古風な貞門にたいして、連歌や和歌から独立して新風の談林にといわれて軽快な俳諧を広げました。井原西鶴も宗因の優れて弟子です。養福寺の碑は1792年(寛政4年)に西鶴の100回忌を記念して建てられたということです。中央に梅翁花樽碑、左右に雪の碑、月の碑、左手前に菱形の標石が配されています。

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経王寺左脇の道を直進するとまもなく右手に真言宗の養福寺があります。宝永年間造立の仁王門が目に入りました。仁王門前の石灯篭も享保年間のもの。Cimg4956Cimg4957Cimg4958Cimg4960Cimg4959Cimg4961

左手には六地蔵のほか、ウーンつまり金剛界四仏の阿しゅくの種子を刻した宝篋印塔、青面金剛、如意輪観音などが配されていました。山手線の内側とは到底思えないほどの静かな雰囲気でした。

2008年9月 1日 (月)

弾痕生々しい経王寺(日暮里)

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日暮里の近くを散歩しました。御殿坂を登ってすぐ、右手に明暦元年(1655)創建の日蓮宗経王寺に至ります。Cimg4936Cimg4937Cimg4938Cimg4939Cimg4940


上野戦争のとき彰義隊をかくまったので新政府軍の攻撃を受け、山門には銃弾のあとがいまだに生々しく残っていました。日蓮作と伝えられる大黒天があります。

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