« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月29日 (火)

島根の旅・今市大念寺古墳

Templemg4443_2
Templeg4446
出雲市駅から西へ歩いて15分のところに浄土宗の大念寺があります。11img445922mg4452Cimg4455


本堂の右手の墓地に入ってまもなく全長12.8mの横穴式石室が左手に開口しています。これこそ6世紀中頃に築造された全長100mの前方後円墳です。日没になって訪れたので暗い写真しか撮れませんでした。

2008年7月27日 (日)

島根の旅・出雲大社(3)

参道、本殿周囲にある摂社、末社他の建造物です。Cimg4466Cimg4481Cimg4482Cimg4482_2Cimg4485Cimg4486Cimg4487Cimg4489Cimg4498Cimg4499Cimg4501


2008年7月24日 (木)

島根の旅・出雲大社(2)

Yatuasi4477
Cimg4480
Cimg4493
Cimg4497
重文の八足門をくぐると同じく重文の楼門、そして延享元年(1744)建立の大社造りの堂々たる本殿(国宝)に入ることができました。ここでは2礼4拍手1礼です。Cimg4508
神楽殿の注連縄は仮殿のそれよりも立派なものでした・

2008年7月21日 (月)

島根の旅・出雲大社(1)

Cimg4464
Cimg4465
Cimg4468
Cimg4469
Cimg4471
梅雨が明けた猛暑の中を島根に行ってきました。折しも出雲大社は遷宮の年に当たっていて神は仮殿にいらして本殿は空になっていたため運よく中を見学することができました。大国主命を祀っており、明治初年まで杵築大社と呼ばれていました。大社造り独特の構造のため本殿に上がると周囲を睥睨するような景観が得られました。宿舎は出雲駅のすぐ目の前。大社へはバスで30分足らずです。Cimg4474Cimg4476

仮殿の巨大な注連縄。

2008年7月17日 (木)

池袋の森

Cimg4428
Cimg4429
Cimg4430
Cimg4431
池袋駅北口から歩くとへいわ通りがあります。さらに5分ほど歩くと右手に見逃してしまうほどのこじんまりとした入り口があります。Cimg4432Cimg4433Cimg4434Cimg4437Cimg4439Cimg4440Ikeg4435Ikemg4436

ここを入ると突然異次元空間に迷い込んだかと思われるような池のある小さな森に入り込んでしまうのです。Chimneyg4442
見上げるとやはり都心だと気づきます。

2008年7月13日 (日)

小田原散歩・居神神社

Cimg4409
Cimg4415
Cimg4416
Cimg4417
Cimg4418
Cimg4420
板橋から城の脇を通って30分も歩けば小田原駅に着きます。途中の東海道本線ガード近くにある居神神社の鎌倉時代のものを中心とする石碑群はやはり寄りたいものです。線刻や陽刻の五輪塔、青面金剛像などやはりすばらしいと思います。

2008年7月11日 (金)

小田原散歩・板橋地蔵尊

Zenkeimg4395
板橋の地蔵尊は、永禄12年(1569)に香林寺の文察和尚が自ら製作した仏像の胎内に湯本の宿古堂の弘法大師作と言われる地蔵像を収めたことに始まります。今も松永記念館の筋向いにある香林寺が管理しています。正月と8月23,24日の縁日には本尊の16cmの胎内仏が堂内の高さ2.5mの仏像の腹に遷座され、にぎやかな祭りが行われます。Ittog4397
寛永7年(1795)の一刀流6,7代の供養塔。Daikokug4396
巨大な大黒天像は関東大震災の翌年、小田原の城山に建てられた「復興大黒尊天像」を移転したもの。Cimg4398

2008年7月 7日 (月)

小田原散歩・板橋

Matug4401
Matug4405
Matug4406
Matug4407
入生田から小田原に向かって二つ目の駅が箱根板橋です。このあたりには明治のころから政財界人、文人などが館を構えていました。電力王と呼ばれた松長安佐エ門邸は現在小田原の郷土博物館の分館にもなっており、茶室の備わった邸宅、落ち着いた庭園など静かな雰囲気を味わえるところです。Cimg4408
大倉の別邸も解放されていました。奥のほうで茶菓があるようです。山県有朋の古希庵は日曜しか公開されていません。

2008年7月 6日 (日)

小田原散歩・紹太寺(3)

Sakurag4370
鉄牛和尚寿塔、スダジイ、イヌマキ、クスノキ、、シラカシ、ヤブニッケイなどよりなる自然林を左に見て50mほど歩くと小田原市指定天然記念物の長興山のしだれ桜があります。彼岸桜の変種で長寿になりやすく樹齢三百数十年と想像されています。開花期にはぜひ来るべきでしょう。Mausoleum376Cimg4380Cimg4382Cimg4383

道を戻り稲葉家一族の墓を詣でました。正勝、正則、正通の三代の小田原城主、正勝の母の春日の局の祀られているところです。帰路は小田原城下を見下ろしながら参道を下る一方で楽でした。

2008年7月 4日 (金)

小田原散歩・紹太寺(2)

紹太寺は本堂を拝観してから参道に入って面白くなっていきます。Sandomg4343
300段を超える石段は折しも雨で滑りやすくなってはいましたが木々の中を歩くのは爽やかなものでありました。Hasimg4347
まもなく正則の重臣田辺権太夫夫妻が寄進した透天橋に至りました。この下は放生池になっていたのですが今はほとんど水がありません。Sekityumg4349
この先両側にある石柱は楼門の前に建てられていたものでその年代は不明です。この辺の平地にかつては七大伽藍が展開したのです。まっすぐ行くと春日の局と稲葉家代々の墓地なのですが、右の山道に入って鉄牛禅師の供養塔を目指しました。沢が近いせいか道に沢蟹がおりました。テンナンショウやミョウガが沢山目に付きました。Zenjig4360Zenjig4366

「鉄牛和尚の寿塔」は鉄牛和尚六十歳の貞享四年(1687)に紹太寺二世超宗和尚が師の長寿を願って建立しました。

2008年7月 3日 (木)

小田原散歩・紹太寺(1)

小田原ですばらしい古刹にめぐり合いました。入生田の長興山紹太寺です。小田原から箱根登山鉄道に乗り、箱根板橋、風祭そして入生田となります。小田原城の第二代藩主稲葉美濃守正則が父母の冥福を祈るべく宇治の万福寺から鉄牛和尚を招いて開いたもので東西1.9km、南北1.1kmの広大な敷地に展開していたものです。元禄4年(1691)にケンペルが紀行記「江戸参府紀行」に立派な様子を記しています。しかし安政の火事でほとんど焼失してしまい、現在の本堂はかつての子院の清雲院跡地に建てられたものです。時折小雨の降る中を歩きました。Sekityuumg4392
旧東海道に接する総門跡にある石柱は昔の総門で使用された石を積み上げたものらしいです。Cimg4330Hondomg4391

本堂にはケンペルが言及している総門に掲げられていた鉄牛和尚の筆になる長興山の額がまだ残っています。Ajig4389Ajimg4387Ajimg4388Ajimg4390

境内はちょうどアジサイが真っ盛りでした。Kurig4385
庫裏の萱葺きの屋根がことさら美しかった。

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

最近のトラックバック

2009年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
フォト