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紹太寺は本堂を拝観してから参道に入って面白くなっていきます。
300段を超える石段は折しも雨で滑りやすくなってはいましたが木々の中を歩くのは爽やかなものでありました。
まもなく正則の重臣田辺権太夫夫妻が寄進した透天橋に至りました。この下は放生池になっていたのですが今はほとんど水がありません。
この先両側にある石柱は楼門の前に建てられていたものでその年代は不明です。この辺の平地にかつては七大伽藍が展開したのです。まっすぐ行くと春日の局と稲葉家代々の墓地なのですが、右の山道に入って鉄牛禅師の供養塔を目指しました。沢が近いせいか道に沢蟹がおりました。テンナンショウやミョウガが沢山目に付きました。

「鉄牛和尚の寿塔」は鉄牛和尚六十歳の貞享四年(1687)に紹太寺二世超宗和尚が師の長寿を願って建立しました。
小田原ですばらしい古刹にめぐり合いました。入生田の長興山紹太寺です。小田原から箱根登山鉄道に乗り、箱根板橋、風祭そして入生田となります。小田原城の第二代藩主稲葉美濃守正則が父母の冥福を祈るべく宇治の万福寺から鉄牛和尚を招いて開いたもので東西1.9km、南北1.1kmの広大な敷地に展開していたものです。元禄4年(1691)にケンペルが紀行記「江戸参府紀行」に立派な様子を記しています。しかし安政の火事でほとんど焼失してしまい、現在の本堂はかつての子院の清雲院跡地に建てられたものです。時折小雨の降る中を歩きました。
旧東海道に接する総門跡にある石柱は昔の総門で使用された石を積み上げたものらしいです。

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