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泉涌寺は皇室の菩提寺で御寺とも呼ばれています。京都駅から歩いても行ける近場にあるのに不思議なほどの静寂に包まれていて私のとても気に入っているところです。山門から伽藍には下っていくのがなんとも珍しいです。


林泉形式の庭園は月輪御陵の前庭と御座所の庭を兼ねて元禄年間に造られたものです。
中央の雪見灯籠は仙洞御所より移されたもので第119代の光格天皇が特に好まれたそうです。開き気味の脚、八角系の中台と火袋となって頂上に宝珠が乗り、均衡がとれていて泉涌寺型と呼ばれるものです。塀の向こうに見えるのは月輪御陵で四条天皇をはじめとする二十五帝陵、九御墓、五灰塚等と孝明天皇陵、英照皇太后陵などがあります。明治期の神仏分離令以前は塀も無く庭園と自然につながっていたと聞きます。

泉涌寺関連の広大な敷地を歩いてみるのも面白いのに気づきました。山門の手前を左に下っていくと今熊野観音寺があります。泉涌寺の塔頭で西国33ヶ所観音霊場第15番目の札所にもなっています。応仁の乱で伽藍は消失しましたが、その後再建され、本堂には空海の作と伝えられる十一面観音があります。京都駅まで歩いていけるようなところなのに突然静謐な環境に飛び込んでしまい驚きました。郭公の名所として知られているそうです。
33箇所めぐりのお堂が続くその上に医聖堂と呼ばれる多宝塔がありました。近世の原益軒、前野良沢、杉田玄白、華岡青州、高野長英、緒方洪庵などの著名な医学者の他に解剖学者で京都大学総長も務めた平澤興(生家のある新潟県味方村にも行きました)などの名もありました。


清涼寺(嵯峨の釈迦堂と言ったほうが京都では通じるようです)には先月行ったばかりなのですが、有名なお松明式があるというので再訪しました大文字送りや鞍馬の火祭と並んで京都三大火祭として知られています。3月15日の涅槃会の法要のあと、午後8時半に三基の大松明(2.1丈、2丈、1.9丈)に火がつけられその年の稲作の豊凶が占われます。今年は前日の雨のせいか火付きが悪く凶と出たという話でした。この静かな嵯峨野にどこから来たかと思われるほどの人の出でした。境内の店の栗ぜんざいとあぶり餅はおいしかった。境内には興味ある石仏などが多く、庭園も立派でよいもので昼もゆっくり楽しめるところです。この日には涅槃絵も公開され、滅多に見られないものを鑑賞することができました。
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